森とフィンランド人

最近オーロラ・白夜等で知られるようになった北欧の小国フィンランド。 しかし未だフィンランド人の考え方はよく知られていない。 在フィンランド25年の著者が、フィンランド流の人生観にスポットを当てる。

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革新脳と日本人

兄弟の事業が行き詰まっているらしい。 従兄弟はすでに叔母より

数千万円を引き出して自分の事業拡大を試みてきたが、上手くいかない。

率直に言って彼に欠けているのは、イノベーションを引き起こす革新脳である。

私が最近参加した経営セミナーに、いかに革新脳を働かせて窮地を抜け出てゆくか

考えるセミナーがあった。講師は、日本の大手企業の経営コンサルタントを

長年務めてきた高名な矢矧晴一郎先生だった。かのビルゲイツに15回直接

会ったことのある日本人として知られた先生だ。先生は、フィンランドという

国と人物を高く評価してくださった。 先生は、フィンランドに対して、

決して北欧のちっぽけな国という常識的なイメージは持っておられなかった。

私に対して、フィンランドに25年滞在した経験という最大のリソース

を生かして革新的なビジネスを行うように指導してくださった。

教育・福祉を向上させ、ノキアという国際的な企業が生まれたフィンランド。

ヨーロッパ中央から遠くてヨーロッパの辺境という地理的短所を、逆に

長所に変えてアジアからの直行便を飛ばすフィンランド航空。さらに

冷戦時代から国際社会の仲介役として、数多くの国際会議を誘致してきた

フィンランド。これらを実現するためのは、改善ではない革新脳で考える

事が必要だ。 現在の不況を抜け出すには、従兄弟のように過去の

経験だけを頼りに生きる常識男はいらない。革新脳を持った

人物が、日本を救うだろうと実感した。

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冬戦争と経済危機

今から70年前、1939年11月30日に冬戦争が勃発した。 その直前、

普段オーロラが見られない首都ヘルシンキでも赤いオーロラが見られたという。 

赤いオーロラは、フィンランド人にとって不吉な事が起こる前兆といわれる。

冬戦争とは、弱小といわれたフィンランド軍が果敢にも独裁者スターリン率いる

強国ソ連に戦いを挑んで敗れた戦争。


財務相ユルキ・カタイネン(国民連合党)は、アメリカ発の未曾有の世界経済危機への

対応策を練る事を、冬戦争でソ連に挑む弱小国フィンランドの状況になぞらえた。 

「我々は、国外からの危機にさらされている。 来年はその

影響が強く我が国の経済指標に現れるだろう。今こそ一丸となってこの危機を乗り越えよう。

国外からの助けを待っている余裕はない」と、

フィンランドの若き財務相は言及した。いかにもフィンランド人らしい発言だと、

私は思った。フィンランド人の粘り強さは、「シス(Sisu)」という一言で表現される。

我々日本人が言う「根性」とは、少しニュアンスが違う。 

サウナの中でじっと暑さに耐えるフィンランド人を想像してほしい。彼らの難局を脱する時の


底力は、計り知れないものがある。 日本の若者に最も欠けているのが、

難局に果敢に立ち向かう勇気だろう。 フィンランド人の粘り強さを見習ってほしい。

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嫌煙権をめぐって

R東日本が、来年4月から首都圏の主な駅での終日禁煙を実施するそうだ。

愛煙家は猛烈に反対している。 日本では未だに、禁煙家は、傍でタバコを

吸う人の煙に悩まされる。特にレストラン内では、分煙ができていない所が

多く、禁煙の私には息苦しい。 

隣国スウェーデンに見習って、フィンランドでも

今年からレストラン内での全面禁煙が実現した。おかげで、食事をしていても周りを

気にせずにゆっくり食事ができるようになった。フィンランド人という人種は、

割と決まったことに従順だ。 周囲の人に迷惑をかけない為、たばこが吸いたくなったら、

彼らはレストランから外に出て吸っている。一般に、ヨーロッパでは周囲の人の事も

気遣って社会行動するように求められる。つまり、社会全体に及ぼす影響が第一に

考慮されるのだ。 日本でのたばこ増税が反対で実施されない、と聞いた。 フィンランド

では、たばこの価格はものすごく高い。たばこの値段が高く設定されている事が、

福祉政策への財源の一つとして、社会で広く認められている。日本人も、もう少し

他人に対する配慮が必要なのでは?  続く、、、

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寡黙なフィンランド人

代々フィンランド人は、森の中で森と向き合って暮らしをしてきた。 

森を伐採し、わずかな畑を開墾し、また狩りをして生計を立ててきた。

鳥の鳴き声や川のせせらぎを聴き、風を肌で感じ、夏の青空・白い冬景色を

見てきた。会話は、家族・親族または、たまに訪れる酒場での友人たちとの

談話に限られる。つまり、寡黙であっても暮らして行けたのだ。 しかし、

彼らの心の中では何かを感じており、活発に心の内部対話をしている。

交響詩「フィンランディア」を作曲したフィンランドの有名な作曲家である

ジャン・シベリウスは、年をとるごとに他人との対話が減って沈黙を愛したといわれる。 

しかし、彼の心の中では豊富な抒情世界が存在していた。 

事実、彼の残した多くの作品の中心テーマは、フィンランドの自然である。

彼がただ、言葉で表に出さなかっただけである。フィンランド人は、

フランス人のように言葉による表現には長けていないかもいしれないが、

心の奥底で何かを感じる身体感覚にすぐれている民族かもしれない。

無の自然から何かを創り出すのが上手いのかもしれない。

続く、、

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教授の権威

前回学生のブランド意識を話したので、今回はフィンランドの大学での

教授の権威について話してみよう。 フィンランドでは、大学の教授は

最終的に大統領が任命する。 教授になれる条件としては、博士号取得者・

職歴・業績と、公用語に堪能(フィンランドではフィンランド語と

スウェーデン語の二ヶ国語が公用語)などがあげられる。 たとえ権威があっても、

教授は、自分でできる事は自分でやろうと努力する。(事務的なことは、

秘書がやる事が多いが、、、) 授業内容を含む自分の業績は、学生側で

常にチェックされている。日本の通称“駅弁大学”と違って、座って4単位

などど楽に単位が取れる講義は、フィンランドでは存在しない。当然、

教授も、自分の担当する講義に真剣になる。私の通っていたヘルシンキ商科大学でも、

学生による教授の人気投票が、毎年行われていた。その結果、人気投票ナンバーワン

になった教授は、学生自治会主催の設立記念日パーティーで表彰されていた。

毎週決まった面会日時を決めていて、その時間は自由に学生が教授の部屋を

訪ねる事ができた。学生が積極的になれば、いつでも教授と討論することが

許されていた。 反対に学生側では、実績ある教授の権威は認めていた。

反面、学問に対する柔軟性に関しては、隣国スウェーデンやスウェーデン系の

大学の教授の方があるような感じがする。以前、私はフィンランド語を

母国語にするフィンランド人のための商科大学に通学していた。 

試験解答する際に、もし課題として試験前に読まされる文献以外から

回答を引き出したら、たとえ理屈が通っていても、まず減点である。

スウェーデンやスウェーデン系の大学では、この点より柔軟性がある。 

この柔軟性の欠如を最も感じたのは、修士論文執筆の時だった。

我が母校、ヘルシンキ商科大学の指導講師や教授は、厳格な理論展開を学生に要求。

書かれた論文数が少ない分野を論文テーマに選ぶと苦労する。

例えば、日本人の自我を説明しようとすると、立証するために

書かれた理論が少ないので大変だ。私には、日本人のライフスタイルの事を、

あちこちから事例を引いてきてつなぎ合わせて書いた経験がある。

短く言えば、フィンランド人教授の権威は、真に実績に基づいている。 

学生側も、それを認めている。また、教授と学生の間では、議論はよくなされる。 

反面、学問研究の面で、意固地的なところのあるのもフィンランドの教授だ。 

続く、、、



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